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よろしかったでしょうか  2016.9.6


◆日本語の乱れが言われて久しい。
「××円からお預かりします」に始まって以来、商売の接客言葉がメチャクチャである。
最近特に耳障りなのが、「××になっています」と「よろしかったでしょうか」である。

◆レストランで、頼んだメニューが運ばれてくる。
「こちらハンバーグ定食になっております」
と言ったかと思うと、
「ご注文、以上でよろしかったでしょうか」
と聞いてくる。
バカバカしい問いかけなど、無視することにしている。

◆先日、キッチン回りのことで、メーカーからの修理業者が自宅にやってきた。
「ちょっと20分程お時間いただいて、よろしかったでしょうか」
「荷物ですが、ここに置かせてもらっても、よろしかったでしょうか」
「今後の修理の件でお話させていただいて、よろしかったでしょうか」
40歳代後半に見える太っちょのオッサンが、汗を拭き拭き「よろしかったでしょうか」を連発している。
いい歳して、そのバカさ加減が解からないのだろうか。

◆相手に「よろしかったでしょうか」と了解を求めてくるのは、謙虚さを表現しているつもりなのだろう。
ところが、見境なく「よろしかったでしょうか」を繰り返されると、かえっておちょくられているのではと、不愉快極まりなくなってしまう。
言っている本人は、自分が人から言われて、何も感じないのだろうか。
尤も、何も感じていないから、言っているのだろう。

◆変な日本語に接すると、この人は自分が発している言葉の可笑しさが解かっていないのだろうかと、首を傾げてしまう。
いやそれ以上に、何も考えていないのだろうと軽蔑し、その人間性まで疑ってしまう。
不愉快な思いは日常茶飯事で、そのうち慣らされてしまうのだろうか。
いや慣らされることはない。
我慢することに慣らされるだけだ。

◆嫌な世の中になったものだと、強く思っている。

2016.9.6